戸田塾 =面接のすすめ=

新潟公務員法律専門学校就職室長が語る面接で勝つ方法

リーダーが主役?それともプレイヤーが主役?少し考えてみました

自己PR等でリーダー経験を語るとき、ちょっとずれてないかと思ってしまう学生がたまにいます。「チームの要としてチーム全員を引っ張って良い方向に導いた」と言う方々です。
 
学生と言う同質の集団で、同じ学年の仲間たちがいる中で、なぜ「導いた」などと一段上からものを言うことができたのか疑問です。また、まだ短い人生の中、リーダー経験も少ないなか、リーダーとして数々の問題に正解を出すことができたのか、という疑問もあります。経験してきたそのチームの目的を達成するための道のりは、そんなに単純だったのでしょうか。
 

単純な問題で、どのようにすれば良いか明確な場合、リーダーはチーム員にやり方を教え、作業の指示を出せば仕事は成功します。「俺についてこい」と周りを牽引する。そうすることによって成功を引き寄せる。このようなリーダーが優秀なリーダーとなります。


複雑な明確な答えのない問題の場合、リーダーですら、どのようにしたらよいか悩むことになります。成果をあげるためには仮説を立て精査し、その仮説に従って行動を続ける。この方法しかありませんから、リーダーが牽引したとしても、必ず成功するとは限りません。もし、リーダーの仮説が間違っていて成功しなかった場合、チーム員には不満が残ります。
 
さて、現在ある仕事は正解のない複雑なものがほとんどです。つまり、牽引するリーダーは、現在我々に課せられた正解のない仕事を達成するためのリーダーとしてベストではない場合が多いと言わざるを得ません。
 
リーダーの大きな役割として「場」を創る、というものがあります。過去の組織でリーダーが創る場とは、目標を達成するために、リーダーがその地位を使って牽引する場でした。今も単純労働などの目的までの道のりが明確なものであれば、リーダーが創る場は同じで問題ありません。
 
しかし、目的までの道のりが不明確なものの場合、リーダーの仕事は、プレイヤー全員が考えそれを組み合わせる場や、プレイヤーが主体的に動く場を創ることが重要になってきます。プレイヤー一人一人が頭脳となりそれを組み合わせることによって、リーダーのみでは到底考えることのできない仮説を立てることができるだけではなく、プレイヤー全員が当事者意識を持って目的に対し行動することが出来るようになるわけです。
 
この場づくりを実行するためには、主役はリーダーからプレイヤーたちに移譲する必要があります。主役はプレイヤー、フォロワーがリーダーと言う図式で物事を行っていく。この時にリーダーが持つ必要のあるリーダーシップのことをサーバントリーダーシップといいます。
 
また、プレイヤーは主体的に問題に取り組んでいかなければなりません。それぞれがリーダーシップを発揮し動く必要があるわけです。このリーダーシップとは誰かを引っ張るものではありません。必要な場を創り、目的を果たすための行動をする力です。
 
私が考えるリーダーシップの持論については、また後日お話させていただきますが、リーダーシップはリーダーだけが持つものではなく、チーム全員が持つものだと考えてください。リーダーの役割はチームを目的に向かわせることです。プレイヤー全員が主役だったとすると、全員がリーダーシップを持ち「場創り」を行う必要があります。
 
良いリーダーがいて良いプレーヤーがいてその二つが協力しあい目的を達成していく。そんな仕事を私もしていきたいと思っています。

受け入れるって「ワッカル!!」ていうことと違う!!

「受け入れることが大切」って言うけど、全てを受け入れていたら、身がもたない。全てを受け入れるなんて神様にしかできないこと。そんなふうに言ってくる学生がいます。
 
確かに、その学生の考える「受け入れる」と言うことをすると身がもたないのだと思います。さらには、そんなことができるのは神様だけなのかもしれません。
 
そんな時に「ごめん、ごめん、きちんと受け入れるの定義を説明していなかったよね」と返し説明します。
 
このブログの中でも確か、受け入れるについて説明したことがなかったような気がします。今日は「受け入れる」を定義してみます。
 

受け入れると言う事は「同意する」「承認する」「従う」ということとは違います。同意するとか承認するとか考えると、なかなか他人にそれはできませんよね。それを無理やりやろうとすると、 ストレスが溜まります。今あるその事実をきちんと認めること。これが受け入れるということです。事実を認めるだけですから、受け入れる人は、ストレスはたまりません。「なるほど、自分とは違うけど、そのような考え方もあるんだ」など考え方の違う人や、今まで体験したことがなかった環境に対して、その事実を知るとともに対処を考えていきます。

 
決して自分と違う考えに対して「ワッカル!!!そうだよね!!!」などとは言いません。わからないものはわからない、違うものは違う、そして、その違うと言う事実を認める。これが「受け入れる」と言うことだと私は考えています。
 
事実がわかれば、それをきちんと心で理解すれば、解決策を考えることができます。どのようにすれば良いか、どのようにすれば上手くいくか、考えることができるのです。
 
人と自分は違うものです。100%満足する環境に遭遇することは稀です。そこを前提に、その事実を受け入れると、未来が広がるような気がしませんか。そして物事に対してポジティブに考えることができる気がしませんか。みんな違うんです。思い通りになんてならないんです。そこが最初です。
 
「どうすれば上手くいくか考えよう」これを合言葉にしませんか。自分と人が違うなんて当然じゃないですか。人との違いに視点を置いて「わかってくれない」とか考えるよりずっと楽しいですよ。

 

若さってなんだろう??

面接練習などで学生が良く「若さが武器です」「若い感性が大事だと思います」などと話してくるのですが、これを聞くと「なんだかな」と思ってしまいます。確かに「若さ」は素晴らしいことです。でも、若さを定義することなくこの言葉を使われると私達おやじにとっては、なんか違和感があります。

先日ツイッターで面白い書き込みを見つけました。

小学生「ぼくがせかいをすくうんだー!わるいやつはゆるさない!」中学生「僕が腐った日本を根本から救うんだ」高校生「自分の好きな女一人救えないなんて…俺は...」大学生「今の俺にすくえるのは鍋のアクくらいだよ」(ウニ*紅楼夢N20abこいしコスさんのツイート)

さて、自分の幼い(若い??)時の感覚を思い出したでしょうか?

小学生は無邪気・中学生は中二病・高校生で現実を知り・大学生であきらめる…確かに!!と思ってしまいます。小学生は「自分に経験がないから恐れを知らない」でも、この無邪気な考え方にパワーを感じてしまうのは私だけでしょうか??ここに若さの強みの秘密があると私は考えています。

ずいぶん前になりますが、若くして成功した経営者の考えをホームページで見て感動したことがありました。彼は若さが強みではないと次のように語っています。

少し前ですが、取材を受けているときに、「若さは強みですよね?」と聞かれ「そんな訳ないじゃないですか。仕事は経験がすべてですよ」と少しむきになって答えました。話をしているうちに、若い藤田さんが言うなら説得力があると言って頂けたのですが、現在30歳になって改めてそう思います。自分のこれまでの経験こそが強みだと思うと同時に、今後目指しているもの対する経験の浅さに焦燥感をいつも感じます。若さが強みになっているかのように見えるのは、経験不足を補うだけの、行動の量、スピード、柔軟性、情熱などがあるからです。逆に言えば、行動の量や情熱などで経験の無さを補う努力を忘れた経験不足の若い人が活躍できる可能性は極めて低いでしょう。((株)サイバーエージェント(アメーバ―などを運営する企業)創業者藤田晋氏が2004年社員に宛てて書いたメッセージより抜粋)

確かに「経験こそが強み」という考え方、それを得るための「行動の量、スピード、柔軟性、情熱」こそが「若さの強み」という考え方には説得力があります。また、若くして様々な経験を積み会社を大きくしてきた藤田氏だからこそ言える言葉だとも思います。

先程あげた小学生は無邪気な心で「世界を救う」と言っていました。藤田氏は現実を知る努力を惜しまず、問題を打破するために「情熱を持ち、努力を惜しまず、行動し続けた結果」成功を収めました。現実に向かい合い、真っ直ぐで、素直で、諦めない心、私達おやじたちから見ると、無邪気で危なっかしいけどがむしゃらで応援したくなる気質。これが、若さなのではないかと私は考えます。

「若さ」すなわち「行動の量、スピード、柔軟性、情熱」を持ち続けた学生になって欲しい、さらには自分もそうでありたいと、いつも思いながら教壇に立っている私なのでした。

チームとグループなんとなく違いは分かるけど…

今日、学生がチームワークについて語った自己PRを持ってきました。その学生と話す中で「チームとグループの違い」についての話になりました。辞書的に言うとチームは「ある目的のために協力して行動するグループ」グループは「仲間・集団」となります。この解釈だとチームはグループの特殊な一形態ということになっていますが、組織の中でチームとグループを論じる場合少し違う気がします。組織の中での「チームとグループの違い」色々なところで論じられていますが、今日はそのことについて考えてみます。

組織の中でのチームの定義は「異質の人たちが同じ目的のために集まり、それぞれの能力を使って、補完し合いながらチームの目的を達成するために集まった集団」ではないかと私は考えます。

組織の中でのグループの定義は「同質の人たちが同じ目的のために集まり、同じ能力を使って、一緒に動くことで個々の目的を達成するために集まった集団」ではないかと私は考えます。

チームワークが持つイメージと、グループワークが持つイメージを比べると分かりやすいかもしれません。例えば、授業でグループワークを行う場合の目的は、個々のレベルアップですし、部活でチームワークを発揮するときの目的は全体のレベルアップです。チームワーク力は部活やサークル活動・学校行事・アルバイト・ボランティアなど、集団で一つの目標に向かって何かを行うことで磨いていけることができると言われていますが、皆さんはそこで本当にチームワーク力を身に着けたでしょうか。

これを、見極める方法がいくつかあります。

一つめは「自分がいなくなってその組織が回るか」です。チームは「それぞれの能力を使って、補完し合いながら」活動します。つまり、自分に役割があり、その役割を行う自分が抜けるとチームは回らなくります。チームを語るときにはよく考えてみてください。自分がいなくなってもそのチームが存在できるかを…もし、存在できると思ったら、それはチームではありませんグループです。

二つめは「一人ひとりを評価できるか」です。チームは「それぞれの能力を使って、補完し合いながら」活動します。全員が一つとなって行うので個人評価は出来ません。また、その場合、成し遂げたことは自分がやったことではなく、チームがやったことと心から思えるはずです。また、一般的にはチームの全員に協力してくれたことに対して心から感謝している場合が多いです。もし、個人評価できるとしたら、それはチームではなくグループです。

三つめは「仲良くが一義となっていないか」です。チームの存在意義は目的を成し遂げることです。信頼し合う必要はありますが、仲良くし合う必要はありません。チームとはそれぞれがそれぞれに対して、また自分に対しても厳しいものです。しかし、グループでは目的が個々のものなので、グループを存続させるために、楽しい場を作ることが重要です。そのためには気を使い、仲良くすることが必要になります。

いかがでしょうか。チームを創り上げることって結構難しいです。でも、補完し合って、一人の力を十倍二十倍にすることができたら最高だと思いませんか。

また、面接官は本当にチームワーク力があるかを、このような視点で見ていきます。是非今いる組織の中で良いチームを創ってください。そこで自分の役割を全うしてください。

受け入れると言葉の魔力が味方になる

素直さがは受け入れることと話しましたが、うまく受け入れると言葉は魔力を持ちます。この「言葉の魔力を上手く使え」は面接での文言を注意するときによく言う言葉です。言霊とか言いますが、言葉には素晴らしい魔力があります。それは、使い方一つで敵にも味方にもなるものです。

ちょっと例をあげてみます。誰かのために何かを一生懸命やってうまくいかなかった時に出てしまいがちな言葉です。

「なんでこんなに一生懸命頑張っているのにわかってくれないの」この文言では相手は批判されたと感じて拒否されるのがおち。「どんなに一生懸命頑張っても全く上手くいかないからしょうがない」この文言では相手はどう対応したらよいかわからない。

人は自分の鏡です。自分が批判的であれば相手も批判的になる。自分が諦めれば相手も諦める。魔力がマイナスに働いた例です。言葉を味方にするには、まず受け入れることが大切です。

何かを一生懸命やってみたが、上手くいかない。努力しているのに成果が出ない。まずはそこを受け入れましょう。受け入れたうえで言葉の魔力を上手く使いましょう。「一生懸命頑張っているんだけど上手くいかない。どこがまずいのだろう。一緒に考えてもらえないかな」こんな言葉であれば、相手は相談にのろうという気になってくれないでしょうか。相手に頼ると相手は一緒に考えてくれるものです。もしかすると道が見えるかもしれないと思いませんか。

何回か受け入れる素直さについて語ってきましたが、素直な反応をする学生ほど面接には強いです。それだけではなく社会人としても強い人間になれます。今回は受け入れることについてどういうことか紹介しました。

人は自分の鏡です。何か行動を起こす時、一度自分が現状を受け入れているかどうか確認してみませんか。そうすることによって周りからも受け入れられる人間に一歩近づくはずです。

社会人として必要な能力の1つは『素直さ』である

「先生の教え方が下手だからわからない」「学生が真面目にやらないから授業が上手くいかない」こんな空気が渦巻いた授業ってどう思いますか。また、「私の理解力がダメだから先生の言っていることが理解できない」「私の教え方が下手だから学生が理解しない」こんな空気の授業はどうでしょうか。

最初の考え方は環境や人のせいにしているパターンです。よく「環境のせいにするな」と言いますが、学生・教師共に人のせい・環境のせいにしているこのような空気が教室に蔓延した授業は、教室中に怒りが蔓延し最悪です。でも、二番目の例ように、それぞれが「自分のせい」で考えている場合では、教室中に鬱が蔓延しこれはこれで最悪な例ではないでしょうか。

これを仕事に置き換えてみたらどうでしょうか。上司のせい、部下のせい、同僚のせい、客のせい、自分のせい、会社の環境のせい...これって組織として最悪ですよね。組織の全員が自分の実力不足で仕事が上手く回らないと考えた場合...どんよりとした空気が組織に蔓延している光景が目に浮かびます。

そうなんです。環境のせい・他人のせい・自分のせい...このどれを考えても上手くいかないんです。このことを学生たちに話すと「じゃあどうすれば良いの」と訊かれるのですが、現状を受け入れるしかないんです。現状を受け入れた上で「どうすれば上手くいくか考えよう」と思うことが解決への唯一の道なのです。

あるがままの自分を受け入れ、あるがままの他人を受け入れ、あるがままの環境を受け入れる。その上で、理想の姿と現実とのギャップを受け入れ、今ある課題を受け入れ、行動を考え実行する。そうなんです。何でも受け入れる素直な気持ちが大切なんです。素直さがポジティブシンキングの泉源となると考えてください。

ここから考えると、組織は素直な考え方をする人を欲しがります。素直な考え方で行動を創ってください。私も上手くいかないときには何かのせいにしたくなります。そんな時には「いけない、いけない、素直さが、受け入れることが大事」って思うように気をつけています。そうすると、見えるものがあり、行動に移すことができます。

最終的には自分が受け入れると周りも受け入れてくれるものです。それを繰り返すと、社会が結構楽しい場所になりますよ。

テクニックで考える、心で考える…どっちが得か考えよう

学校で学ぶスキルにはニつの種類があります。一つ目は「技能や技術」のことで、1番基本的なスキルとしては「読み」「書き」「計算」などから「経済学」「工学」「医学」など大学で学ぶものなどさまざまあります。


もう一つは「ポテンシャル」です。この場合のポテンシャルの意味は「早く成長する力」であり「そのために必要な心」です。このポテンシャルは「素直さ」「コミニケーション 能力」「誠実さ」などの人間性のことでこれらのものを修得すると、早く成長することができます。例えば、素直であれば、吸収することができ成長する。誠実であれば周りから好かれ、さまざまなことを教えてもらえる機会が増え成長する。このようなことだと考えてください。
 
技能技術は授業で、ポテンシャルは部活などの課外授業で学ぶことが一般的でしょうか。
 
さて、面接指導をしていると結構な割合の学生が面接技術を聞いてきます。聞き方としては「どのような言い方をすればいいですか」「この言い方で正しいですか」こんな感じです。
 
話し方が大切ではないとは言いません。話す技術、それはそれで身に付けてください。でも、面接指導で一番身に付けて欲しい事は話す技術ではなく、心です。自分の成長を作る考え方、ポテンシャルを身に付けてほしいといつも思っています。
 
そのため「どんな言い方をすればいいですか」と聞いてきた学生に対して「わからない」と答えることがよくあります。
 
例えば、どんな社会人になりたいかなりたいと尋ねた際に、いつも高みを目指す社会人になりたいと答えてくれたとします。その後学生とニ人で「高みを目指す」と言う事について話し合います。そして、その言葉を定義していきます。
 
高みを目指し続けるために、まだ上があるといつも思う気持ち「まだまだ」と思う気持ちが必要。そして、吸収し続ける事が大切。たくさん吸収するためには、人の良いところに視点を合わせること、そして、良い考え方や行動を教えてくれたその人たちに感謝する気持ちを持つこと。
 
このようなことを、話していきます。
 
ここで必要な事は、本気で高みを目指したいと思っていることです。これを思い続ければ、たくさん吸収したいと思うはずです。それを強く思えば、人の良いところを見て真似してみようと思いませんか。これがポテンシャルです。
 
もしこれを面接技術で考えてみるなら次のようになります。
「人の良いところに視点は合わせるように努力してきました」
「その良いところを教えてくれた人々に感謝しています」
このように言えば、面接に通りやすくなる。
 
これには心が入っていません。そのように心からそのことを語っていない人を採用したいと思うでしょうか。
 
面接において、技術は必ず必要なものではありませんが、心は必ず必要なものです。面接を考えるときに、どのように答えれば合格するかと考えるのはやめた方が良いと思います。それをすると、ブレブレの内容になってしまう場合が多いです。
 
それより心を創って、本気で話したほうがずっと楽しいですよ。